花季(はなどき)東京滯在略記

 4日:2月から3月にかけて雪に降り籠められ氣が滅入つてゐたので、また聊かの所用もあつて、東京へ出かけました。今囘、往路は上信越道を走る高速バスを利用、屋代ICの乘場までMr.Vermilion が送つて下さいました。
 午後零時25分に乘車、ほゞ定刻通り15時40分に新宿驛西口に到着。發つ時には風が冷たく寒かつた(新暦卯月とは申せ、朝の外氣温は未だ氷點下)のですが、降りたら皮の上衣(うはぎ)では汗ばむほど、やはり信濃の國は寒冷地なのだと實感。
 澁谷に出て、今囘もお宅に寄せていたゞく吉村明彦さん、国書刊行会出版局長の礒崎純一さんと待ち合はせ、中華料理を頂きながら三ヶ月半ぶりに歡談。国書からは間もなく、ハンス・ヘニ・ヤーンの大河小説『岸辺なき流れ』全2冊、南條竹則さんの完譯『エリア随筆』全4冊、泉鏡花の長篇『山海評判記』(新聞連載時に附された小村雪岱の插繪を全點収載)などが陸續と刊行される由、手に取れる日が待ち遠しいですね。

 5日:朝、吉村さんと御一緒に近所の古い櫻並木を散策、散りかけてはゐたものゝ、まだ盛りの樹もあり、佳いお花見となりました。見事な紫木蓮の大木も眼福でありました。

 澁谷に出て井の頭線に乘車、約束の正午よりだいぶ前に吉祥寺に到着するも、改札を出たところで稻田雅子さんに再會、井の頭公園へ。土曜日ゆゑ花見客が押し寄せて大變な人出、人混みを掻き分けて御殿山橋(道路に架かる陸橋)を渡り井の頭文化園の本園へ。子供連れが多かつたものゝ混み合ふといふほどではなく休心、ところが朝は晴れ渡つてゐたのに雲が擴がり始め、〈栗鼠の小徑〉に入つた邊りでぽつぽつと降り始めました。彫像館にて雨宿りすること暫し、また陽が差し始めたので、休憩用のベンチにて稻田さんが用意して下さつたお辨當を使ひ、また屋久鹿・日本羚羊・本土狸・穴熊・象などを見物、此の日のお目當ては對馬山猫との再會だつたのですが、放飼場に行つてみると其處には何とアムール山猫がゐるではありませんか。立札に曰く「アムール山猫の放飼場修理のため此處に引越、對馬山猫は當分展示中止」云々、遙々遠方から逢ひに來たのに……うゝ、残念。公園に戻つて分園にも入場、此方は水鳥と淡水魚・水棲昆蟲・兩棲類・爬蟲類などを展示、大山椒魚は息災にて再會することを得ました。其のあと、武蔵野市立吉祥寺美術館に立ち寄り、川上澄生展を見ましたが、此の美術館は入館料が百圓であります。私は馬齡を重ねたお陰で無料でした。
 井の頭辨財天

 三椏(みつまた):公園

 井の頭文化園の櫻

 日本最高齡の象

 フェネック

 狸寝入り

 日本羚羊(カモシカ

 白玉椿:文化園

 6日:菅原多喜夫さん(四谷シモンさんのマネージャー)に面會を申し入れておきましたら「自宅の方へどうぞ」と仰有るので、夕刻、吉村さんと共に小田急沿線のお宅を訪問、お庭に立つ櫻が丁度滿開にて、淡紅色の巨きな雪洞(ぼんぼり)を見るやうでした。
 シモンさんとは二年ぶり、多喜夫さんとは四年ぶりぐらいでせうか。近所の伊太利料理店にて御馳走に與(あづ)かり、樂しき一時を過ごすことを得ました。
 シモンさんは相變はらず若々しく拜されましたが、何と今年は古稀に當たる由、其れを記念して來月末から一ヶ月餘、初期から最新作までを嚴選した展覽會が横濱の〈そごう美術館〉で催されるとのことであります。




 7日:正午過ぎに築地で雜用を濟ませ、13時半に神田神保町のミロンガへ。此處は亞爾然丁タンゴの名盤を聽かせてくれる喫茶店で、東京在住時には古書即賣展(駿河台下の古書會館)へ出かけた歸途の一休みに、また知人との待ち合はせにもよく利用しました。
 此の日も待ち合はせにて、平凡社の松井純さんとNHKディレクターの柿沼裕朋さんが既にいらしてました。松井さんと親しい柿沼さん(小村雪岱日本橋檜物町』の平凡社ライブラリー入りは彼の盡力による)の仲介を得て、豫て準備中の『鏡花曼陀羅』を出していたゞけることになり、其の打ち合はせであります。松井さんには『日本幻想文学史』の改訂増補版を平凡社ライブラリーから出す際にお世話になつてをります。メールの遣り取りなどでは詰め切れないことどもを話し合ひましたので、あとは未完の部分を完成するのみ、御迷惑に及ばぬやう力(つと)める所存であります。
 其のあと、柿沼さんと別の喫茶店に移つて歡談の刻を持つたのですが、其處を出て、すずらん通りの古書店を覗き、さて地下鐵に乘らんとした時、小錢入れが無いことに氣づきました。文字通りの代物にて大した額は入れてないのですが、鍵が幾つか入つてゐたものですから聊かならず慌てましたよ。柿沼さんに促され件の喫茶店に戻つて聞いたところ、お客さんが見つけてレジまで屆けて下さつた由、無事に戻り休心、やれやれ。

 此の日は夜分、詩人の相澤啓三さんとジャズシンガーの金丸正城さんを訪ねることになつてゐたので、20時に中野の相澤さん宅の前で吉村さんと待ち合はせて訪問。相澤さんにお目にかゝるのは七、八年ぶりかも知れません。金丸さんは以前から料理がお上手でしたが、ますます腕を上げられたやうで、次々に美味なるお皿が供され、口福を噛みしめながら若き日々のことなど語り合ふうち、樂しき刻は呀といふ間に過ぎ、零時前に辭去。

 8日:13時前、飯田克比呂さんが吉村さん宅まで會ひに來て下さいました。近所の印度料理店にて遲い晝食、働く方々は全員印度人、此處のタンドリーチキンは美味であります。
 吉村公三郎監督の『美女と怪龍』を御存じないと仰有るので、ネタ元は歌舞伎十八番『鳴神』だと申したところ、俄然興味を覺えられたやうで直ぐにスマホ(?)で御檢索、DVDが出てゐると教へられ吃驚しました。

 9日:12時半に吉村邸を辭去、曽根睦子さんが參加されてゐるグループ〈マスカレード〉展を見るために根津の喫茶・ギャラリー〈りんごや〉へ。13時半、待ち合はせた村上佳子さんと再會、祁門茶を頂きながらお二人と15時まで歡談。今囘は足利へ立ち寄るため、千代田線にて北千住へ出て東武伊勢崎線の特急〈りょうもう23〉に乘り換へ、16時半過ぎに足利市驛に到着。

 10日:墓參。櫻は散り始めてゐました。

 11日:12時12分發の東武線伊勢崎行きに乘車、終點にて兩毛線に乘り換へて高崎へ。此處で長野新幹線に乘り換へて上田まで、またまた〈しなの鐵道〉に乘り換へて15時過ぎに千曲着。此處まで3時間弱、些か疲れました。