受贈本紹介 - 須永朝彦の埴科便り

　不世出の畫家金子國義がこよなく愛した人々（親族・知友・俳優・舞踊家・畫家・寫眞家）・繪畫・寫眞・映畫・舞臺などに就いて語り盡した自傳。厖大な蒐集品から撰び抜かれた美しきものたちの畫像が澤山収められてゐます。裝幀も御自身が手がけていらつしやいますが、表紙とカヴァーの趣向が何とも素敵ですね。２月末に出版、其のわづか廿日後に急逝されたのでした。
　來月末には河出書房新社から雜誌「文藝」の別冊として『金子國義――あなたは美しい』が刊行されます。鏡花本・歌舞伎・バレエなどに就いて、私も金子さんとのさゝやかな想ひ出を寄稿してをります。

★『マルセル・シュオッブ全集』国書刊行会

　かのボルヘスをして「この世界のいたるところにシュオッブの信奉者たちがいて、彼らは小さな秘密結社を組織している。シュオッブはあえて幸福なる少数者のために書いた」と言はしめた〈夭折の天才作家の作品を全一巻に集大成した初めての全集〉。青・紺・金を見事に驅使した柳川貴代さんの雅致ある裝幀、936頁の大冊です。
　解題を執筆してゐる瀬高道助氏（小栗虫太郎の傑作『二十世紀鐵假面』の登場人物の名を筆名とする此の人物の正體は知る人ぞ知る……）にとつては數十年來の願望が叶へられた譯で、御同慶の至りであります。
　ちよつとだけ……と多田智満子さんの名譯『少年十字軍』を讀み始めたら止（や）められなくなり、結局、短篇集『二重の心』や『黄金仮面の王』等々次々と讀み耽つて、お仕事に支障を來す始末であります。栞には山尾悠子さんが寄稿なさつてますよ。

★「Anthologica」No.２：マルセル・シュオッブ特輯

『マルセル・シュオッブ全集』刊行に合はせてシュオッブの特輯を組んだ個人誌（？、土屋和之編輯）。アニェス・レルミット、ブリュノ・ファーブル、アンリ・ド・レニエ、シュオッブ、ジェラルディーヌ・ユシェ、ラシルドなどの邦譯、瀬高道助・種村季弘・大濱普美子・山崎カヲル・垂野創一郎などのエッセーを掲載。
☆問ひ合はせ先e-mail：anthologica@2014yahoo.co.jp

★南條竹則『吾輩は猫画家であるルイス・ウェイン伝』集英社新書ヴィジュアル版

　猫マニアの私にはたまらない一冊、南條さん、ありがたう。
　カヴァーの折り返しに《19世紀末から20世紀にかけてイギリスで爆発的な人気を誇った挿絵画家、ルイス・ウェイン。そのウェイン、実は『吾輩は猫である』の一節に登場する絵葉書を描き、夏目漱石にインスピレーションを与えた、日本人にも深いゆかりのある人物でもあった！／コミカルなタッチからリアルな描写、あるいは擬人化したイラストで時には人間社会を諷刺し、表情豊かで個性的な猫を数多く描きながら、晩年は統合失調症を患ったことでその画風も劇的に変化した「猫画家」。その半生を、日本ではほとんど目にすることのできなかった貴重なイラスト多数とともに辿る。》とあります。

★井村君江『日夏耿之介の世界』国書刊行会

　愛蘭土文藝やフェアリーテールの研究で知られる井村君江さんが日夏耿之介と其の周邊に就いて記した論考・随筆の集成（書き下ろしの新稿200枚も収録）。
　帶に《『咒文』『黒衣聖母』『轉身の頌』の孤高の学匠詩人として知られ、翻訳・批評・研究・随筆と文藝のあらゆる分野に深遠な業績を遺した煉金道士日夏耿之介――夏黄眠の最後の弟子として〈美の司祭〉に生涯を捧げた著者が、その瑰麗神秘な世界の全てを語る。》とあります。
　日夏耿之介が堀口大學との親密なる交友を一方的に打ち切つた〈事件〉に就いては巷間さまざまな憶測が囁かれてきましたが、爰に収載の「堀口大學」には事件の經緯（いきさつ）が瞭然（はつきり）と記述されてゐて寔に貴重であります。
　また、未公開寫眞の中には日夏晩年の肖像が15點もあり、これまで公表されてゐた嚴肅な表情とは異なる温顔が認められ、嬉しいやうな一驚を喫しました。

★諏訪哲史『偏愛蔵書室』国書刊行会

　帶に《本の悪魔に魂を売った少年が夜な夜な書き継いだ文学の魔道書。プルーストに酔い痴れ、谷崎を跪拝し、ジャン・ジュネに惑溺する――著者の文学人生を運命づけた偏愛の小説・詩・漫画100冊を語る文学的自叙伝。》とあります。文末を〈決め臺詞〉めく斷言で括つてゐるのが印象に残ります。
　88番目に俳書（平井照敏編）が採り上げられてゐますが、編者が撰び載せた多數の句の中から諏訪氏が撰んだ20句の中に野見山朱鳥（のみやまあすか）の「曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて」といふ一句が見えます。編者も諏訪氏も秀句として撰んでゐる譯ですが、私はかねがね此の句に「朱鳥は曼珠沙華の花をちやんと觀察したことがあるのだらうか」といふ疑問を抱いてをります。彼岸花科のリコリスは私の甚（いたく）愛するところであり、赤のみならず白・黄・淡紅咲きのものも培てゝをります。リコリスの花瓣は、外圧を受けぬかぎり、決して散ることはありません。萎れて枯れてゆくのですよ。