片時の夢***舞臺を詠む
「伽羅先代萩」床下
惡人はおゝ灰色の妖術師鬱たる額(ぬか)を昂げて顕はる
「色彩間苅豆」かさね
廻りゆく因果と戀の小車(をぐるま)に捲かれて散るは八重の撫子
「勧進帳」
落ちて行く旅の衣は鈴懸(すゞかけ)の緑かなしく匂ふ義經
「東海道四谷怪談」
挿櫛の蒔繪の菊に絡む髮一梳(ひとすき)ごとに昏れゆく世界
「双面水照月」
妄執は貴賤ひとしく憑きにけり面(おもて)ひとつに俤ふたつ
「京鹿子娘道成寺」
春爛漫花のほかには松ばかり眼底に棲む蛇の身動(みじろ)ぎ
「櫻姫東文章」
轉生の春花蔭にほゝゑむは死せる美童の面影にして
そも家の重宝といふ一巻(いちかん)の都鳥とは如何なるものぞ
「忍夜戀曲者」將門
淨瑠璃の嵯峨や御室(おむろ)よ廢屋にあまたゝび見る花の幻
「積戀雪關扉」関の扉
鉞を當つるたまゆら百千(もゝち)なる花の歎きは立ち昇るらむ
「柳雛諸鳥囀」鷺娘
降る雪の責苦ひときは吹きつのり恍惚として絶ゆる白鷺
「奥州安達原」一つ家
陸奥(みちのく)に棲むてふ鬼の幻に憑かれて辿る道行千里
「壇浦兜軍記」阿古屋琴責め
囚はれの遊君阿古屋ひたぶるに彈絃のさま至福にか似る
「雷神(なるかみ)不動北山櫻」毛抜
達人は馬の指南に事寄せて小姓を口説く 文武兩道
「三世相錦繍文章」
さながらに覗機關(のぞきからくり)共に見し地獄極樂はた戀の夢
「お夏狂亂」
戀ひ戀ひて心も虚(そら)にさまよへる娘苛む穗薄の風