嬉しき春の訪客

 先月の末、お友達の森野薫子さんと飯田克比呂さんが遠路遙々遊びに來て下さいました。關西在住の薫子さんは大阪發のJR特急しなの(一日一本)と《しなの鉄道》を、比呂さんは東京から長野新幹線と《しなの鉄道》を、それぞれ乘り繼がれて戸倉驛までお出でになりました。先月初旬、「連休前に訪ねたいのだが」と別々に仰せ越しがあり、偶々共通の友人だつたものですから、御都合を摺り合はせていたゞき、お越し願つた次第です。薫子さんとは1年3ヶ月ぶり、比呂さんとは4ヶ月ぶりの再會であります。
 薫子さんは數少ない、氣のおけない女友達の一人、お辛いときでも笑みを絶やさない健気で素敵な方です。比呂さんは、私にとつて《電脳教授》とも申すべき方で、PCに關しては事始めの段階から頼りつぱなし、またホラーをはじめ映畫全般のソフトのことでもお世話になつてきました。
 一泊二日の御日程、如何やうに持て成したらよいか案じてゐたのですが、幸ひ當地の友人Mr.Vermilionが二日に亙り車を出して彼方此方(あちこち)案内して下さいました。先月、彼がPCを買ひ替へるに際して、私が《電脳教授》の比呂さんを紹介してをり、既にお二人は面識があつたのです。
 29日の午後2時過ぎ、しなの鉄道戸倉驛で待ち合はせ、まづお二人が豫約なさつた上山田温泉街のホテルに立ち寄つて荷物を預けたあと、ほど近い更科姨捨の棚田へ。まだ田植が濟んでゐないので棚田の光景はいま一つでしたが、天候に惠まれたため善光寺平を一目で見られる眺望は寔に素晴らしいものでした。迂闊なことにデジカメを忘れてしまひ、此の日は撮影が出來なかつたので(私は携帯電話も○○フォンも所持してをりません)去年の秋に撮つたものを載せておきます。

 姨捨の棚田

 姨捨棚田からの眺望

 此のあと、Mr.Vermilionの提案にて須坂市まで車を飛ばし、千曲川の河川敷に擴がる桃林を觀に行きました。車を廣大な果樹園の中に乘り入れて見物しましたが、桃の花がほゞ滿開で桃色の霞が掛かつたやう、その中に林檎の花もちらほら、孰れも薔薇科の果樹ですが、花の附き方も樹肌の樣子も隨分と異なります。此處の景色は薫子さんがiPadで撮影されたものを提供して下さいましたので、御覧に供します。

 須坂市千曲川河川敷に擴がる果樹園(桃林)


 桃の花

 林檎の花

 廣大なパノラマを堪能して桃の林を出外れた邊りで、何と野性の雉に出遇ひました。用水路の斜(なぞへ)に派手な色彩の鳥が見えたので「雉がゐる」と叫んで車を止めて貰ひ一同降車、「もう一羽ゐる」と薫子さんか比呂さんが仰つたので、よく見ると焦茶色の地味な色合の鳥が確かにをりました。番(つがひ)だつたのです。野性の雉など見るのは皆はじめてなので聊か興奮氣味、枯葭に隱れてしまつた番の姿を探したのですが、暫しの後、少し離れた所から二羽は飛び發つて行きました。これも薫子さんの撮影に成るものです。判り難いかも知れませんが、奇跡的に雉の番が寫つてをります。畫面右側、枯葭がすつと伸びてゐますが、其の穂のすぐ右に雄鳥がゐます。中央上部の道端に菜の花が咲いてゐますが、其處から眞直ぐ下に視線を移してゆくと焦茶色の雌鳥に辿り着く筈であります。

 此の中に雉の番がゐる筈です

 須坂から埴科までは高速道路でも30分餘りかゝります。日昏れも近くなつたので此の日の見物はこれぎりとして、私の住まひに立ち寄つていたゞき、さゝやかな宴會。11時頃まで樂しく過ごすことを得ました。

 翌日は午前中、私の住まひにお越し願ひ、まづ茶など喫みつゝ歡談、Mr.Vermilionと私がPCのことで比呂さんに教へを乞ふなどしたあと、「お蕎麥が食べたい」といふ薫子さんの御希望を容れて、Mr.Vermilionの車で篠ノ井長野市)まで出かけ蕎麥屋で晝食を攝りました。薫子さんは、既に篠ノ井から名古屋までの乘車券を購入濟み、篠ノ井驛で特急券を購つて16時過ぎの《特急しなの》に乘つてお歸りになりたい由、乘車時まで2時間餘り、長野市郊外の芋井(いもゐ)泉平といふ所に《神代櫻》と稱する古木があるからと、Mr.Vermilionが案内して下さいました。
 信州大學の前から戸隱の方へ、對向車が來たらどうなるのか怖いやうな九十九折(つづらをり)の坂道を上ること30分餘り、其の櫻の巨木は石垣の上の狭い場所に枝を翼のやうに擴げて佇つてをりました。滿開は過ぎてゐましたが、花瓣(はなびら)が頻りに散つて將に花吹雪、傍らに建つ素櫻(すざくら)神社といふ小さな祠は、此の櫻木を護るといふより樹に仕へる爲の宮と映りました。立札の案内書きによると、種類は江戸彼岸櫻(一名薄里櫻)、樹齡は推定1200年の由、樹高20米、幹廻り11米、天然記念物ださうであります。
 此の神代櫻はもとより途中で見かけた樣々な花木(連翹・椿・枝垂櫻・花桃木蓮・雪柳・躑躅・等々)、新緑に山櫻の淡紅(うすくれなゐ)が混じる山々や嶮しい斷崖の上に建つ家々の光景、そして遙かに擴がる長野市の遠景など、どれも期待以上の見もので、Mr.Vermilionには更めて感謝の念を覺えた次第であります。